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4/24 まどマギ、叛逆②

こんばんは、きりんです。



まどまぎ続き書きます、と言ってもどこまで書いたのか忘れました。えーっとさやかたちの助けがあったってところですね。彼女らは円環の理の外側にいる者たちです。まどかが円環になるまでに魔女化して死んでしまったので、円環の理に含まれなかったのでしょう。僕もここはあんまり不確かな情報なのですが、おそらく円環=まどかの記憶の産物なのではないかと思います。





で、さやかたちがインキュベーターの妨害を壊してくれた事で、自分も円環の理に導かれることができます。で、そこで一悶着あって…ほむらは円環の理の一部をもぎ取ったわけですね。




ほむらがなんでこんなことをしたのか、ですが、ほむら曰く「愛」ゆえでして、かつ、まどかは花畑でのほむらとの会話のシーンで、「一人で遠くになんかいけない」ようなことを言っていますので、ほむらは、まどかが円環の理になる事が、まどかの真の望みではないと思い、それを壊しにかかったわけです。




さて、ここで問題になるのが、ほむらのやったことが「愛」なのか否かってことです。独りよがりのエゴなんじゃないの?ってことです。





このほむらの行動によってまどかの円環としての記憶は失われました。それがどんなマイナスになっているのかまだわかっていないので、この先どういう効果を及ぼすかわからないのですが、ほむらがまどかと対極の存在になってしまったっぽいのは確かです。自称「魔」ですからね。




ほむらの行動が引き起こしたあの結果がどうしてハッピーエンドとされなかったのか。それはまどかの意思を完全に置いてけぼりにしたからだと思うんですよね。逆にまどかが円環になった時はほむらを置いてけぼりにしたので、今回こういう結末が待っていたわけです。





エゴと愛の差が何か、と考えると、相手の意思を考えているかどうかだと思います。テレビ版のまどかも、新劇場版のほむらも、相手のことを思っているものの、相手の意思を決めつけ自分で勝手に行動してしまったという点でエゴでしかないんですよ。どちらかが犠牲にならないといけないまどまぎみたいなケースなら、なおのこと相手の意思を確認して、自分の意思を相手に伝えて、両方が了解できる解決策を見つけない限り永遠にこの繰り返しになるんです。





だから僕は新劇場版は、ほむらにとってはハッピーエンドだと思います。ほむらにとっては、だけですけど。






まどマギ新劇場版パート142とかまでなりかねない。ほぼトムとジェリーですよ。

まどマギがハッピーエンドになるためにはどうしたら良いでしょうか。「最大の黒幕は制作」なんてことも言われてるらしいですが…まどかかほむらどちらかを一人にしたら同じことを繰り返してしまう。ならば二人でどっかにいくか二人で現世に留まるか、しかないと思います。





書きたかったことが書けたのかわかりませんが、これで終わりにします。また思いついたら書き足します。まどマギにハッピーエンドは訪れるんだろうか…きりんでした、それでは。